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  • 2014.08.26 Tuesday

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民立大学、税立大学、永久株主券

 私は、和歌山大学という地方の国立大学を出て、京都大学の教務職員を1年間勤めました。そして、大阪市立大学という公立大学の大学院を修了して、大阪大学の助手を勤め、大阪電気通信大学という私立大学に勤務しました。

 
一応、国公私立の3つの大学を経験したことになります。一口に「国公私立大学」と言いますが、大きな違いがあることに気付きました。


 
造語の説明:
 

 私立大学は、学校法人という法的資格を持ち、理事会が責任を持って大学を運営していますが、元々創立者の意思(寄付)で設立されたものです。そのため、私学の精神は、「寄付行為」という規約に現れています。

 
そして、多かれ少なかれどの大学も、主として学生の授業料などの納付金で、維持され運営されています。私立大学は、自己責任(セルフ・サポーテッド)で、しかも自己管理(セルフ・コントロール)で運営されています。

 
もちろん、私立大学にも、多少の税金の補助がありますが、法人全体の収入の10%もあるかどうか程度です。だから、私立大学は明らかに「国民立大学」なのです。略して「民立大学」は、私の造語です。一方、国立大学、公立大学は、「税立大学」です。これも、私の造語です。「民立大学」と「税立大学」の2語は、セットにした造語なのです。

 
 私立大学を、一般に「企業=会社」と同一視する傾向があります。理事長を社長、理事会を取締役会のように見立てるのです。しかし、私立大学には、「株主」はいません。したがって、企業のような「株主総会」はありません。代わりに考えられるのが、学校法人の「評議員会」です。

 
 評議員には、理事長も理事も入りますが、学長や学部長などの役職者も、学識経験者も、大学の教職員の代表も、卒業生の団体の代表も入ります。大切な決定事項には、評議員会の議決が必要で、理事会はこの議決を尊重しなければなりません。

 
 私見ですが、私学の株主は「卒業生」と考えてよいのではないでしょうか。大学に納めた学費で、大学は充実していますから、学生は株主的存在と考えられます。

 
そこで気になったのが、株券です。学校法人の株券は、明らかに卒業証書です。これは、「名義書き換えができない株券」で、しかも「1人1株の永久株主券」と言えるでしょう。これが私の造語です。

 
どの株券でも、株券所有者(株主)には「配当金」があるはずです。私立大学の配当金をどう考えるとよいのでしょうか。それは、卒業当時の大学の評価(評判とも世評とも)と、卒業後の評価(評判)と比べて、上がっていたら、それが「プラスの配当金」で、もし下がっていたら、「マイナスの配当金=株価の下落」なのです。

 
 これらの造語は、1975年(昭和50年)頃のものですから、今の国公立大学の「国立大学法人」や、「公立大学法人」の存在は、予測外のことだったとしておきましょう。
 


造った理由:
 

 私学の創立者は、寄付行為として大学を創立したかもしれません。しかし、その後、大学は学生の納付金で経営され、納付金の一部が基本金組み入れとして、積み立てられます。この基本金が必要に応じて取り崩され、新たな土地購入や建物の改築などの費用に充てられるのです。だから、私学では、学生の納付金は未来の発展に寄与していると考えてよいと思うのです。

 
 一方、税立大学では、学生の納付金は「国庫」や「自治体の金庫」に入り、直接、大学には入りません。だから、卒業生は、税立の大学を「自分たちのお金で作った大学」という意識が薄いのではないでしょうか。



 
エピソード:
 

 私は、研究室の卒業生(ゼミ生)の結婚式に、よく招かれました。一般に招かれると、スピーチをさせられます。私の場合は、スピーチをさせていただける「ありがたいチャンス」でした。「民立大学のよさ」を話させていただき、「永久株主券」と「プラスの配当金」を語らせていただけたのです。こんな幸せなことはありませんでした。

 
 昨年、NHKの大河ドラマ「八重の桜」が放映されましたね。国公立大学には見られない「ロマン」がありました。「同志社大学」、「同志社女子大学」の素晴らしさが、十二分にPRされました。私学全体にとって、2013年は、実にラッキーな年でした。


 
公表文献:

 
    文献はありません。
本学の同窓会(友電会)のメンバーには、お話したことがあります。


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ブログ愛読者の方々へ 2014年8月29日
 
突然で申し訳ありませんが、事情があって、今回で私のブログ、打ち切りとさせていただきます。

向塾の木村塾長様、宇野事務長様には、言葉にできぬくらいお世話になりました。心から感謝しております。
 
今月26日で78歳となりましたが、まだぼけておりませんので、またの機会があれば、ブログを続けたいと思っております。

勝手な言い分、お許しください。
 
末筆ながら皆様のご健勝をお祈りし、一旦、筆を置きます。
 
石桁正士




 

経営改革シリーズ 私の営業論「体験こそわが師」を全社員に発信

社長就任して、即座にVision、方向性を打ち出すだけの能力もなかったので、はじめは、少しでも自分という人間を知ってもらいたい、またどんな仕事観、会社観をもっているのかを理解してもらうため、毎日現場に足を運んだ。以下その内容です。


□販売のリコーについての私の考え

リコーは右肩上がりの成長路線に乗って、人海戦術、ドアtoドアのドブ板営業を武器に脚力、迫力、精神力の旗のもとに、業界では野武士営業集団と恐れられていた。

しかし、この様な量を最優先した営業スタイルは限界に達していた。

もともと、一家言ある私は常々、精神論、ノルマ重視、行き当りバッタリ的な成行き営業には疑問を持っていた。21世紀を目前にして、IT業界は大きく変化しつつある。

私達もこの流れを予測して、一致団結して、提案型営業にギアーチェンジしようと訴えた。


□これまでの営業概念を変えた「販売の科学」という本との出会い

売れない毎日が続く中で、ふと、目にした本屋での唐津一氏の「本」に出会った。

ただ、漠然と市場調査し、販売件数を主体とした販売では物は売れない。

むしろ、ライバル社と差がつくばかり。これからは、販売する中で巧みにデータ情報をとり、それを次の活動に活かしていくのが、科学的販売法というもの。

もう一発勝負の販売方法には限界がある。まさにこの本は目からウロコだった。

販売に科学があるんだ!今まで抱いてきた営業論に新しい風、光を貰ったような気分になった。


□商売の真髄を教えてくれた大阪転勤

東京生まれ、東京育ちの私が43歳のとき、突然大阪勤務の命を受けた。

晴天の霹靂だった。はじめは、カルチャーショックでなじめず、苦労した。

しかし、大阪は東京のよそいき、他人行儀の社会と違って、何か私は引き寄せられ、特に“ハッキリ物を言う”文化に魅せられた。水が合ったようだ!!

ある時、大阪商人のお客様から私の商売に関するヒントを頂いた。

「相澤さん、あんたは、私の会社に頻繁に顔を出すけど、何をしてくれるのかね?」

私は返答に困った。「実は大阪商人には、こういう言葉があるんだよ!!

『手を打てば魚寄りくる 鳥は飛つ 仲居応える 猿沢の池』

たかが、手を一回打っただけでも、池の魚は寄ってくる。鳥は驚いて逃げる。
旅館の仲居さんは呼ばれたのかと思い、「はい」と応える。即、商売の心は、売る側が“仕掛ける”ことなんだよ。」

それ以後、私はこの大阪商人の言葉を「営業とは働きかける技術、提案が商品」と定義した。私は大阪での5年間、大阪商人、近江商人の生き方、商売の仕方、大阪人の価値観、人間関係など、沢山の事を、学んだ。

サラリーマンにとって、転勤とは最高のインセンティブである。


□4地域での営業体験が私を鍛えてくれた。

東京、大阪、仙台、名古屋の4地域を渡り歩いた私にとっては「体験こそ我が師」である。私の営業人生の評価は「能力10%、努力20%、運30%、体験40%である」

営業という仕事は、一見、広く浅くの様だが、実は人間が相手である。

それだけに、見えにくい、わかりにくい、捉えにくいという一面があり、しかも奥が深い。そして、体験した貴重な財産は誰も真似できない、自分だけのものである。

さて、仙台で私にフィロソフィーというか哲学を授けてくれた漁師の話に移る。

この腕利きの漁師は、あるとき、酒を交わしながら「失点長(支店長)よ!!営業もそうだけれども、漁師はな!『漁に出なければ、漁はなしだよ。』どんな優秀な学校を出た人でも所詮、お客さんを訪問しなければ、成果なしだよね。」自分の胸にグサリときた。

その道を極めた人や達人には、体験からにじみ出た、湧き出た哲学があるんだ。

私はフィロソフィーとか哲学という言葉はなじみが薄いので、後に『理(ことわり)』と名付けた。理とは、体験から湧き出た理論、軸の考え、法則、原理原則等を総称したもので、後々までも考えるモノサシ、行動するモノサシとして通用するもの。

この漁師から学んだ「理」の発見が、私の営業人生の道筋となった。それは、今まではガイドのいない無謀な山登りのようだったが、理は私の営業人生のガイドになってくれた。

営業という仕事は、人、物、金、情報、インフラ等のあらゆる事象の究極を追求する仕事だ。死ぬまで学ぶ価値ある仕事だ。

特に営業はテーマ性の追求と作品づくりである。

変化があり、面白く、終わりがない。


まさに、 営業=天職=人生である。


※今回で相澤ブログは一旦終了となります。
何か私の体験から皆さんのお役に立てればとやってまいりました。
また新しく始める際には皆様にお知らせできればとおもっております。
4年間ありがとうございました。

相澤様之




 

情報処理的問題解決法

造語の説明:


私は30冊以上、単行本を書きましたが、唯一の単著が「情報処理的問題解決法」です。東京の出版社のパワー社から出した「情報科学シリーズ」の中の1冊で、このシリーズ最終の第10号となっています。


この本は、工学部の経営工学科の情報心理学研究室で学んだ卒研生や研究生の努力、学内外の多くの方々からのご支援、学会や研究会のご指導とご協力、拙い私の指導などを題材にしていますが、中心となる考え方が「問題解決思考の方法論」でした。


今日の学生には、問題発見力や問題解決力が不足しているという指摘がなされています。また、アクティブ・ラーニング(自発的学習)の意欲も不足していると言われています。理由は、いろいろとあると思われますが、当時のカリキュラムの中に、こうした関係の科目がなかったのです。


私は、2000年(平成12年)に新設されたメディア情報文化学科に移籍した時、初めて「問題解決入門」の科目や、アクティブ・ラーニングを主体とした「特別活動(特活)」の科目を、カリキュラムに入れました。


今は、どの大学でも、どの学部でも、どの学科でも、PBL(プロジェクト・ベースド・ラーニング)の科目も、PSBL(プロブレム・ソルビング・ベースド・ラーニング)の科目も、普通に行なわれているようです。


科目が無かった理由ですが、大学教育の旧制度では、無単位必修の「卒業研究」や「卒業論文作成」があって、4年生はすべての時間をこれに費やしていましたから、学生は自然と実力が付いたのです。


それが、今の新制度では、「卒業研究」といっても、わずか8単位(1週2コマ=180分から200分程度)になったのですから、実力低下は当たり前でしょう。さらに、学部や学科によっては、卒業研究を選択科目にしている所もありますから、言わずもがなでしょう。


私は、卒業研究で、学生たちを「一人前」にしようと考えていましたので、できるだけ問題解決活動を経験させたのです。「情報処理的」とは、「情報処理に重きを置いた」という意味で使っています。これは、単にコンピュータを使って問題を解決するというのではありません。問題解決思考を経験させ、その方法を学び取り、実践することなのです。



造った理由:

大学教育における卒業研究で取り上げる問題は、教員が与えるもの、企業や研究所などから委託されるもの、OBなどから引き継ぐもの、学内外の共同研究のもの、学生が見つけてくるものなどがあります。

それらの問題の解決過程は、問題の検討、問題事態や現状からの問題発見、問題分析(イル・ウェルのタイプの分析、IPO(入出力)分析、因果関係分析、目的理由関係分析、相関関係分析、条件分析など)、問題の定式化、情報やデータの収集、情報の検索、分析(データ分析、情報源分析、方法分析、手段目的分析、視座分析、視点分析、価値観分析、事例分析など)、解決方針の策定、解決案の案出、分析(メリット・デメリット分析、費用対効果分析、可能性分析など)、案の決定、案の実行、分析(PDCA分析、原因分析、効果分析など)、評価、結論、報告書作成、副産物の処理などがあります。


これらの過程を合理的に行なうには、各ステップで情報処理を確実に行なわなければなりません。情報処理には、情報分析(インフォーメイション・アナリシス)もあれば、情報総合(インフォーメイション・シンセシス)もあれば、情報把握(インフォーメイション・グラスピング)、情報創造(インフォーメイション・クリエイション)もあります。それを指導する根拠が、「情報処理的問題解決法」だったのです。



エピソード:

心に残る問題解決事例があります。交通問題やスーパーストアの商圏(トレーディング・エリア)などをご紹介しましょう。


名神高速道路の天王山トンネル、梶原第一トンネル、梶原第二トンネルで多発した追突事故の原因調査でした。自動車の走行速度を自動的に記録する機器の「タコメータ」と、その記録である「タコグラフ」をデータとして、コンピュータによる解析を行ないました。


実際には、トンネル内のバスの走行速度を、日本で初めて明確に捉え、トンネル内の走行状態(速度変化)を把握しました。このテーマは、高速道路公団から、交通安全協会を通じ、大阪交通科学研究会に委託された問題で、いくつかの大学と共同研究をしたものです。この成果は、当時、NHKで「瞬間の暗闇」という30分番組として放映されました。


また、一般道路に設置されている5種類の標識があります。それは、規制標識、警戒標識、指示標識、補助標識、案内標識の5種類です。この中の案内標識を除いて、他の4つの標識の「最適配置案」を提案するコンピュータ・プログラム「ミスター・スポック」を開発しました。道路の状況と標識の設置状況を入力しますと、コンピュータは最適配置案を提案するのです。京都新聞社から取材を受け、同紙に取り上げていただいたこともあります。


ある大手のスーパーストア(当時はSSDDSと言い、セルフ・サービス・ディスカウント・デパートメント・ストア)の商品部から依頼を受けて、同社のいくつかの店舗の商圏(トレーディング・エリア)を、ハフモデルを用いて計算しました。さらに、競合店の商圏と比較してみました。アメリカのハフ教授が提案したハフモデルを用いるのが常識でした。それをベースに、われわれが改良したモデル案を作り、大阪府下のいくつかの地域の商圏を算出しました。


また、ハフモデルの基礎になっている魅力(値引き、品揃え、入店のし易さなどの要因)と、負荷(交通手段と所要時間、店内の移動のし難さ、サインの見難さなどの要因)に、購買者の家庭の在庫量を付加したモデルなどを考案し、実地に算出したりしました。


すべて、情報と情報処理を重視して、コンピュータを用いた問題解決をめざした研究でした。メタヒントとその利用、CAPSSというシステムも用いました。




公表文献:

実例で学ぶ情報処理、(情報科学シリーズ2)、パワー社、1982年3月。

情報処理的問題解決法、(情報科学シリーズ10)、パワー社、1990年1月。


コンピュータの情報心理効果

私は、工学部の経営工学科に所属していました時は、「情報心理学研究室」を名乗っていました。また、研究分野では「教育工学」に関心が高かったので、コンピュータで教育情報を処理することが多かったと思っています。


教育情報処理というこの分野には、コンピュータの利用に関して、いろいろな心理的な効果が見られました。代表的なものを3つご紹介いたしましょう。



造語の説明:


まず、「コンピュータの仲人効果」と名付けた造語があります。教育工学の研究仲間の目(さっか)修三先生(当時は八戸工業大学教授、今は八戸大学かな)は、物理学を教えておられましたが、学生たちは授業中、なかなか質問や意見を言ってくれなかったそうです。


そこで目先生は、パソコンで簡単な手紙を印刷して、受講生たちに手渡したそうです。そうすると、学生たちは何だろうと不思議に思い、手紙を持って、先生の個室や研究室を訪ねて来るようになったと聞いています。先生は「よく来たね」とお茶を出し、やっと学生たちと話が出来、打ち解けることができたということです。


私は、目先生のこの経験談を聞き、まるでコンピュータは先生と学生を結び付ける「仲人のような働き」があったと直感し、「コンピュータの仲人効果」と名付けました。とかく大学の先生は学生と親しくなるために、何か働きかけ(きっかけ)や工夫(アイデア)が必要なのですね。目先生は、教育熱心な先生でした。


次に「コンピュータの鏡効果」と名付けた造語があります。すでにご紹介した「下駄足切り関数」の研究の時もそうでしたが、コンピュータを用いて教育情報を処理してみますと、その結果から、何らかの心理的効果を感じることがあります。


講義を担当していて、中間試験や定期試験をして、受講生たちを評価し、いよいよ最終成績を付けて教務課へ出しますが、意識する・しないに関わらず、自分はどんな成績評価の仕組み(私たちは関数と言っています)を用いているか、気になると同時に、関心が深いものです。


評価に用いたすべてのデータ(仕組みの入力になります)と最終評価値(仕組みの出力になります)から、評価者の評価関数が大まかに推測できるのです。その結果を知らされますと、まるで「コンピュータが自分の心の中を見せてくれた」ように感じます。それはコンピュータが、自分の心の中の何か(心の仕組み=考え方)を映し出してくれているような気分(鏡に心の内面が映っている気分)になりました。そこで私は、これに「コンピュータの鏡の効果」と名付けました。


3つ目は、「コンピュータの信頼効果」と名付けた造語があります。データを手で処理した結果と、コンピュータで処理した結果を示しますと、一般にコンピュータを使って処理した方が、「正確」で、「信用できる」と、人は感じてしまうらしいのです。


ご紹介した「下駄足切り関数」の研究の時もそうでしたが、手作業でも「成績評価関数」を描いてみました。しかし、人々の信頼性が高くないのです。一方、コンピュータを用いて教育情報を処理して、それを示しますと、信用してくれるのです。これは一種の思い込みです。


こうしたことから、コンピュータの何らかの心理的効果を感じたのです。明らかに人間の手作業は信用できないが、コンピュータは信用できると頭から決め込んでいることが分かりました。それを「コンピュータの信頼効果」と洒落てみたのです。


明らかにミスのあるプログラムを用いて、データを処理しますと、コンピュータはミスのある結果を出してくれます。コンピュータだからと言って、盲信するのは愚かしいことです。



造った理由:


私はよく講演を頼まれました。何とか話を面白くしたかったので、「コンピュータの○○効果」なんて、ちょっとした表題にしたのです。いろいろな事例を知り、集めますと、面白く名付けたくなる事例に遭遇しました。



エピソード:


近畿でも名前の売れた、ある女子大学の創立50周年のシンポジストを頼まれたことがあります。当時はCAI(Computer Assisted Instruction)が注目の的でした。私は、CAIは、Computer And I であると洒落てみました。


コンピュータに教えられるのではなくて、コンピュータに向かう自分がいるから、一生懸命学ぶのだと言いたかったのです。人間の意志(やる気)を尊重したかったのです。このシンポジュームで、知り合ったことから、面白い研究も生まれました。きっかけ作りも大切です。




公表文献:

教育情報処理、(情報科学シリーズ6)、パワー社、1985年10月。


占席情報処理

小学校から高等学校まで、教室の座席は固定制で、座る場所が決められていましたね。ところが、大学に入ると、大教室で自由座席制となり、どこに座ってもよいので、自由や開放感を感じました。その結果、私語の癖がついたのではありませんか。


さて、あなたは教室のどの席に座りましたか。教室のどの位置に座っていましたか。誰の横に座りましたか。いつも座る場所を決めていましたか。私たちは、座席位置を「占席」と呼び、座席位置を調査しました。これは人間の行動を研究の試みだったのです。



造語の説明:


自由座席制の教室で、学生一人ひとりの座った場所を知るために、私と吉川博史氏(前大阪電気通信大学教員、現在、太成学院大学教授)は、マークカードを採用して、座席位置を丹念に調べました。


調べ方は、教室に座標軸(X座標とY座標)をとり、座った場所の座標を、例えば、前から12列目であれば、X=12と、横から9行目であれば、Y=9などとカードに、マークしてもらうようにしました。


このマークカードは、毎回、授業で配布し、毎回、学生番号と座標位置を記入してもらいました。これで受講者の出席が確認できるのです。さらに、このカードを利用して、簡単な小テスト(クイズ)も可能にしました。これは、「大学における教育情報処理」という研究の一分野でした。


造った理由:


このような調査を始めたきっかけは、当時、東海大学 工学部の教授の菊川 健先生(教育工学の専門家)の助言をいただいたからでした。どの学生が、どんな学生と並ぶか、半期15回中何回並ぶか、全期30回中何回並ぶか、大体教室のどのあたりに座るかなどを調べると、交友関係が分かり、どんなグループが出来ているかが分かるということが狙いでした。


私たちは、逆に「どんな学生が、ぽつんとひとり孤立しているか」、「教室のどこに、どんな成績の学生が座るか」、「座席のとり方に、どんな傾向があるか」などを知りたいと考え、マーク・ドキュメント・リーダー(マークカードリーダー)を用意し、特別に印刷したマーク式のカードを作り、担当する科目で調査しました。当時は、中間媒体として「紙テープ(8単位の穿孔式紙テープ)」を用いていました。



「占席情報処理」は、マークカードの配布と回集、占席位置の確認、データ入力、個別処理、統計処理、半期あるいは通年を通じた占席の図示など、一連の作業に付けた名称でした。座席移動の様子を図示するために、XYプロッター(移動ペン式印刷機)を用いていました。



エピソード:


コンピュータで座席位置を処理してみますと、たまに1つの席に2人の学生が座っているのが見つかります。大抵は、入力ミス(座標位置の勘違いによるミス、あるいはマークミス)でしたが、「座席指定車のダブル・ブッキング」みたいですね。該当者2人を呼び出し、皮肉たっぷりに質問して、修正させます。


ある時、女子学生と男子学生が、同じ座席をマークしていましたので、「なぜ、女子学生の膝の上に座って講義を聞くのか」なんて冗談を言いましたら、「僕は、絶対していません!」なんて真剣に申し開きしていました。ちょっと冗談がすぎたかなあ。


占席データを処理してみますと、いくつかのタイプが見つかりました。名付けて「達磨型」、「秀吉型」、「フーテンの寅さん型」の3つでした。これは、中心座席(一番頻度の高い座席位置)を求め、そこからの移動距離を算出して決めました。


「達磨型」は、石の上にも3年の謂れの通り、半年間あるいは1年間、いつも教室の中央で、一番前の列か二番目の列に座るのです。真面目で、出席率が高く、成績がよく(A評価)、確実に単位を取得できる学生たちでした。


「秀吉型」は、はじめは教室のあちこちの座席に座るのですが、やがて「定位置」を決め、そこに座るようになるのです。教室の前よりに座り、欠席が少なく、成績もまずまずで(B評価以上)で、平均的な学生でした。


「フーテンの寅さん型(以下、寅さん型)」は、一定の座席位置がなく、半年間あるいは1年間、教室のあちこちに座るのです。出席率もあまり高くなく、成績もC評価か、D評価(単位なし)でした。


「寅さん型」にも、3種類あって、「大寅」、「中寅」、「小寅」です。「大寅」は、定着する座席がありませんし、欠席も多く、真面目度が低く、単位はほとんど取れません(D評価)でしたので、次年度、受け直し組になりました。


次年度の占席データを見ますと、「大寅」が「小寅」になり、しかも教室の前の方に座るようになると、単位が取得できる可能性が高くなりました。でも、C評価でした。


こうした研究の結果は、ET(教育工学の研究会)などで発表しましたら、皆さん、「これは面白い」と言ってくれました。私たちの研究分野ではなかったのですが、教育社会学の分野の方からも、「面白い研究だ、ネーミングがまた面白い」と言ってくれました。


「達磨型の学生」、「秀吉型の学生」、「寅さん型の学生」、今どうしているかなあ。私は、ずっと気になっています。



公表文献:

教育情報処理、情報科学シリーズ6、パワー社、1985年10月。



 

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大和 可也
(やまと かや)

1944年生まれ。高知県出身。
早稲田大学文学部卒。
教育プロデューサー。

大学卒業後1969年〜1987年 (株)学習研究社勤務。 独立後、メディアプロデューサーとして活躍。
その後、大学講座演出、プロデュースを手掛ける。

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相澤 将之
(あいざわ まさゆき)

1942年生まれ。東京都出身。
法政大学経営学部卒。
元東京リコー社長。

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石桁 正士
(いしけた ただし)

1936年生まれ。和歌山県出身。
和歌山大学学芸学部(現教育学部)卒業。(教育学士)
大阪市立大学大学院工学研究科修了。(工学博士)

京都大学、大阪大学を経て1970年に大阪電気通信大学助教授に就任。その後教授を経て2007年名誉教授となる。
やる気研究会の主宰や情報教育学研究会(IEC)の発起人として活躍し、現在大阪電気通信大学の客員研究員として教育の研究に従事。

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