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  • 2014.08.26 Tuesday

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民立大学、税立大学、永久株主券

 私は、和歌山大学という地方の国立大学を出て、京都大学の教務職員を1年間勤めました。そして、大阪市立大学という公立大学の大学院を修了して、大阪大学の助手を勤め、大阪電気通信大学という私立大学に勤務しました。

 
一応、国公私立の3つの大学を経験したことになります。一口に「国公私立大学」と言いますが、大きな違いがあることに気付きました。


 
造語の説明:
 

 私立大学は、学校法人という法的資格を持ち、理事会が責任を持って大学を運営していますが、元々創立者の意思(寄付)で設立されたものです。そのため、私学の精神は、「寄付行為」という規約に現れています。

 
そして、多かれ少なかれどの大学も、主として学生の授業料などの納付金で、維持され運営されています。私立大学は、自己責任(セルフ・サポーテッド)で、しかも自己管理(セルフ・コントロール)で運営されています。

 
もちろん、私立大学にも、多少の税金の補助がありますが、法人全体の収入の10%もあるかどうか程度です。だから、私立大学は明らかに「国民立大学」なのです。略して「民立大学」は、私の造語です。一方、国立大学、公立大学は、「税立大学」です。これも、私の造語です。「民立大学」と「税立大学」の2語は、セットにした造語なのです。

 
 私立大学を、一般に「企業=会社」と同一視する傾向があります。理事長を社長、理事会を取締役会のように見立てるのです。しかし、私立大学には、「株主」はいません。したがって、企業のような「株主総会」はありません。代わりに考えられるのが、学校法人の「評議員会」です。

 
 評議員には、理事長も理事も入りますが、学長や学部長などの役職者も、学識経験者も、大学の教職員の代表も、卒業生の団体の代表も入ります。大切な決定事項には、評議員会の議決が必要で、理事会はこの議決を尊重しなければなりません。

 
 私見ですが、私学の株主は「卒業生」と考えてよいのではないでしょうか。大学に納めた学費で、大学は充実していますから、学生は株主的存在と考えられます。

 
そこで気になったのが、株券です。学校法人の株券は、明らかに卒業証書です。これは、「名義書き換えができない株券」で、しかも「1人1株の永久株主券」と言えるでしょう。これが私の造語です。

 
どの株券でも、株券所有者(株主)には「配当金」があるはずです。私立大学の配当金をどう考えるとよいのでしょうか。それは、卒業当時の大学の評価(評判とも世評とも)と、卒業後の評価(評判)と比べて、上がっていたら、それが「プラスの配当金」で、もし下がっていたら、「マイナスの配当金=株価の下落」なのです。

 
 これらの造語は、1975年(昭和50年)頃のものですから、今の国公立大学の「国立大学法人」や、「公立大学法人」の存在は、予測外のことだったとしておきましょう。
 


造った理由:
 

 私学の創立者は、寄付行為として大学を創立したかもしれません。しかし、その後、大学は学生の納付金で経営され、納付金の一部が基本金組み入れとして、積み立てられます。この基本金が必要に応じて取り崩され、新たな土地購入や建物の改築などの費用に充てられるのです。だから、私学では、学生の納付金は未来の発展に寄与していると考えてよいと思うのです。

 
 一方、税立大学では、学生の納付金は「国庫」や「自治体の金庫」に入り、直接、大学には入りません。だから、卒業生は、税立の大学を「自分たちのお金で作った大学」という意識が薄いのではないでしょうか。



 
エピソード:
 

 私は、研究室の卒業生(ゼミ生)の結婚式に、よく招かれました。一般に招かれると、スピーチをさせられます。私の場合は、スピーチをさせていただける「ありがたいチャンス」でした。「民立大学のよさ」を話させていただき、「永久株主券」と「プラスの配当金」を語らせていただけたのです。こんな幸せなことはありませんでした。

 
 昨年、NHKの大河ドラマ「八重の桜」が放映されましたね。国公立大学には見られない「ロマン」がありました。「同志社大学」、「同志社女子大学」の素晴らしさが、十二分にPRされました。私学全体にとって、2013年は、実にラッキーな年でした。


 
公表文献:

 
    文献はありません。
本学の同窓会(友電会)のメンバーには、お話したことがあります。


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ブログ愛読者の方々へ 2014年8月29日
 
突然で申し訳ありませんが、事情があって、今回で私のブログ、打ち切りとさせていただきます。

向塾の木村塾長様、宇野事務長様には、言葉にできぬくらいお世話になりました。心から感謝しております。
 
今月26日で78歳となりましたが、まだぼけておりませんので、またの機会があれば、ブログを続けたいと思っております。

勝手な言い分、お許しください。
 
末筆ながら皆様のご健勝をお祈りし、一旦、筆を置きます。
 
石桁正士




 

情報処理的問題解決法

造語の説明:


私は30冊以上、単行本を書きましたが、唯一の単著が「情報処理的問題解決法」です。東京の出版社のパワー社から出した「情報科学シリーズ」の中の1冊で、このシリーズ最終の第10号となっています。


この本は、工学部の経営工学科の情報心理学研究室で学んだ卒研生や研究生の努力、学内外の多くの方々からのご支援、学会や研究会のご指導とご協力、拙い私の指導などを題材にしていますが、中心となる考え方が「問題解決思考の方法論」でした。


今日の学生には、問題発見力や問題解決力が不足しているという指摘がなされています。また、アクティブ・ラーニング(自発的学習)の意欲も不足していると言われています。理由は、いろいろとあると思われますが、当時のカリキュラムの中に、こうした関係の科目がなかったのです。


私は、2000年(平成12年)に新設されたメディア情報文化学科に移籍した時、初めて「問題解決入門」の科目や、アクティブ・ラーニングを主体とした「特別活動(特活)」の科目を、カリキュラムに入れました。


今は、どの大学でも、どの学部でも、どの学科でも、PBL(プロジェクト・ベースド・ラーニング)の科目も、PSBL(プロブレム・ソルビング・ベースド・ラーニング)の科目も、普通に行なわれているようです。


科目が無かった理由ですが、大学教育の旧制度では、無単位必修の「卒業研究」や「卒業論文作成」があって、4年生はすべての時間をこれに費やしていましたから、学生は自然と実力が付いたのです。


それが、今の新制度では、「卒業研究」といっても、わずか8単位(1週2コマ=180分から200分程度)になったのですから、実力低下は当たり前でしょう。さらに、学部や学科によっては、卒業研究を選択科目にしている所もありますから、言わずもがなでしょう。


私は、卒業研究で、学生たちを「一人前」にしようと考えていましたので、できるだけ問題解決活動を経験させたのです。「情報処理的」とは、「情報処理に重きを置いた」という意味で使っています。これは、単にコンピュータを使って問題を解決するというのではありません。問題解決思考を経験させ、その方法を学び取り、実践することなのです。



造った理由:

大学教育における卒業研究で取り上げる問題は、教員が与えるもの、企業や研究所などから委託されるもの、OBなどから引き継ぐもの、学内外の共同研究のもの、学生が見つけてくるものなどがあります。

それらの問題の解決過程は、問題の検討、問題事態や現状からの問題発見、問題分析(イル・ウェルのタイプの分析、IPO(入出力)分析、因果関係分析、目的理由関係分析、相関関係分析、条件分析など)、問題の定式化、情報やデータの収集、情報の検索、分析(データ分析、情報源分析、方法分析、手段目的分析、視座分析、視点分析、価値観分析、事例分析など)、解決方針の策定、解決案の案出、分析(メリット・デメリット分析、費用対効果分析、可能性分析など)、案の決定、案の実行、分析(PDCA分析、原因分析、効果分析など)、評価、結論、報告書作成、副産物の処理などがあります。


これらの過程を合理的に行なうには、各ステップで情報処理を確実に行なわなければなりません。情報処理には、情報分析(インフォーメイション・アナリシス)もあれば、情報総合(インフォーメイション・シンセシス)もあれば、情報把握(インフォーメイション・グラスピング)、情報創造(インフォーメイション・クリエイション)もあります。それを指導する根拠が、「情報処理的問題解決法」だったのです。



エピソード:

心に残る問題解決事例があります。交通問題やスーパーストアの商圏(トレーディング・エリア)などをご紹介しましょう。


名神高速道路の天王山トンネル、梶原第一トンネル、梶原第二トンネルで多発した追突事故の原因調査でした。自動車の走行速度を自動的に記録する機器の「タコメータ」と、その記録である「タコグラフ」をデータとして、コンピュータによる解析を行ないました。


実際には、トンネル内のバスの走行速度を、日本で初めて明確に捉え、トンネル内の走行状態(速度変化)を把握しました。このテーマは、高速道路公団から、交通安全協会を通じ、大阪交通科学研究会に委託された問題で、いくつかの大学と共同研究をしたものです。この成果は、当時、NHKで「瞬間の暗闇」という30分番組として放映されました。


また、一般道路に設置されている5種類の標識があります。それは、規制標識、警戒標識、指示標識、補助標識、案内標識の5種類です。この中の案内標識を除いて、他の4つの標識の「最適配置案」を提案するコンピュータ・プログラム「ミスター・スポック」を開発しました。道路の状況と標識の設置状況を入力しますと、コンピュータは最適配置案を提案するのです。京都新聞社から取材を受け、同紙に取り上げていただいたこともあります。


ある大手のスーパーストア(当時はSSDDSと言い、セルフ・サービス・ディスカウント・デパートメント・ストア)の商品部から依頼を受けて、同社のいくつかの店舗の商圏(トレーディング・エリア)を、ハフモデルを用いて計算しました。さらに、競合店の商圏と比較してみました。アメリカのハフ教授が提案したハフモデルを用いるのが常識でした。それをベースに、われわれが改良したモデル案を作り、大阪府下のいくつかの地域の商圏を算出しました。


また、ハフモデルの基礎になっている魅力(値引き、品揃え、入店のし易さなどの要因)と、負荷(交通手段と所要時間、店内の移動のし難さ、サインの見難さなどの要因)に、購買者の家庭の在庫量を付加したモデルなどを考案し、実地に算出したりしました。


すべて、情報と情報処理を重視して、コンピュータを用いた問題解決をめざした研究でした。メタヒントとその利用、CAPSSというシステムも用いました。




公表文献:

実例で学ぶ情報処理、(情報科学シリーズ2)、パワー社、1982年3月。

情報処理的問題解決法、(情報科学シリーズ10)、パワー社、1990年1月。


コンピュータの情報心理効果

私は、工学部の経営工学科に所属していました時は、「情報心理学研究室」を名乗っていました。また、研究分野では「教育工学」に関心が高かったので、コンピュータで教育情報を処理することが多かったと思っています。


教育情報処理というこの分野には、コンピュータの利用に関して、いろいろな心理的な効果が見られました。代表的なものを3つご紹介いたしましょう。



造語の説明:


まず、「コンピュータの仲人効果」と名付けた造語があります。教育工学の研究仲間の目(さっか)修三先生(当時は八戸工業大学教授、今は八戸大学かな)は、物理学を教えておられましたが、学生たちは授業中、なかなか質問や意見を言ってくれなかったそうです。


そこで目先生は、パソコンで簡単な手紙を印刷して、受講生たちに手渡したそうです。そうすると、学生たちは何だろうと不思議に思い、手紙を持って、先生の個室や研究室を訪ねて来るようになったと聞いています。先生は「よく来たね」とお茶を出し、やっと学生たちと話が出来、打ち解けることができたということです。


私は、目先生のこの経験談を聞き、まるでコンピュータは先生と学生を結び付ける「仲人のような働き」があったと直感し、「コンピュータの仲人効果」と名付けました。とかく大学の先生は学生と親しくなるために、何か働きかけ(きっかけ)や工夫(アイデア)が必要なのですね。目先生は、教育熱心な先生でした。


次に「コンピュータの鏡効果」と名付けた造語があります。すでにご紹介した「下駄足切り関数」の研究の時もそうでしたが、コンピュータを用いて教育情報を処理してみますと、その結果から、何らかの心理的効果を感じることがあります。


講義を担当していて、中間試験や定期試験をして、受講生たちを評価し、いよいよ最終成績を付けて教務課へ出しますが、意識する・しないに関わらず、自分はどんな成績評価の仕組み(私たちは関数と言っています)を用いているか、気になると同時に、関心が深いものです。


評価に用いたすべてのデータ(仕組みの入力になります)と最終評価値(仕組みの出力になります)から、評価者の評価関数が大まかに推測できるのです。その結果を知らされますと、まるで「コンピュータが自分の心の中を見せてくれた」ように感じます。それはコンピュータが、自分の心の中の何か(心の仕組み=考え方)を映し出してくれているような気分(鏡に心の内面が映っている気分)になりました。そこで私は、これに「コンピュータの鏡の効果」と名付けました。


3つ目は、「コンピュータの信頼効果」と名付けた造語があります。データを手で処理した結果と、コンピュータで処理した結果を示しますと、一般にコンピュータを使って処理した方が、「正確」で、「信用できる」と、人は感じてしまうらしいのです。


ご紹介した「下駄足切り関数」の研究の時もそうでしたが、手作業でも「成績評価関数」を描いてみました。しかし、人々の信頼性が高くないのです。一方、コンピュータを用いて教育情報を処理して、それを示しますと、信用してくれるのです。これは一種の思い込みです。


こうしたことから、コンピュータの何らかの心理的効果を感じたのです。明らかに人間の手作業は信用できないが、コンピュータは信用できると頭から決め込んでいることが分かりました。それを「コンピュータの信頼効果」と洒落てみたのです。


明らかにミスのあるプログラムを用いて、データを処理しますと、コンピュータはミスのある結果を出してくれます。コンピュータだからと言って、盲信するのは愚かしいことです。



造った理由:


私はよく講演を頼まれました。何とか話を面白くしたかったので、「コンピュータの○○効果」なんて、ちょっとした表題にしたのです。いろいろな事例を知り、集めますと、面白く名付けたくなる事例に遭遇しました。



エピソード:


近畿でも名前の売れた、ある女子大学の創立50周年のシンポジストを頼まれたことがあります。当時はCAI(Computer Assisted Instruction)が注目の的でした。私は、CAIは、Computer And I であると洒落てみました。


コンピュータに教えられるのではなくて、コンピュータに向かう自分がいるから、一生懸命学ぶのだと言いたかったのです。人間の意志(やる気)を尊重したかったのです。このシンポジュームで、知り合ったことから、面白い研究も生まれました。きっかけ作りも大切です。




公表文献:

教育情報処理、(情報科学シリーズ6)、パワー社、1985年10月。


占席情報処理

小学校から高等学校まで、教室の座席は固定制で、座る場所が決められていましたね。ところが、大学に入ると、大教室で自由座席制となり、どこに座ってもよいので、自由や開放感を感じました。その結果、私語の癖がついたのではありませんか。


さて、あなたは教室のどの席に座りましたか。教室のどの位置に座っていましたか。誰の横に座りましたか。いつも座る場所を決めていましたか。私たちは、座席位置を「占席」と呼び、座席位置を調査しました。これは人間の行動を研究の試みだったのです。



造語の説明:


自由座席制の教室で、学生一人ひとりの座った場所を知るために、私と吉川博史氏(前大阪電気通信大学教員、現在、太成学院大学教授)は、マークカードを採用して、座席位置を丹念に調べました。


調べ方は、教室に座標軸(X座標とY座標)をとり、座った場所の座標を、例えば、前から12列目であれば、X=12と、横から9行目であれば、Y=9などとカードに、マークしてもらうようにしました。


このマークカードは、毎回、授業で配布し、毎回、学生番号と座標位置を記入してもらいました。これで受講者の出席が確認できるのです。さらに、このカードを利用して、簡単な小テスト(クイズ)も可能にしました。これは、「大学における教育情報処理」という研究の一分野でした。


造った理由:


このような調査を始めたきっかけは、当時、東海大学 工学部の教授の菊川 健先生(教育工学の専門家)の助言をいただいたからでした。どの学生が、どんな学生と並ぶか、半期15回中何回並ぶか、全期30回中何回並ぶか、大体教室のどのあたりに座るかなどを調べると、交友関係が分かり、どんなグループが出来ているかが分かるということが狙いでした。


私たちは、逆に「どんな学生が、ぽつんとひとり孤立しているか」、「教室のどこに、どんな成績の学生が座るか」、「座席のとり方に、どんな傾向があるか」などを知りたいと考え、マーク・ドキュメント・リーダー(マークカードリーダー)を用意し、特別に印刷したマーク式のカードを作り、担当する科目で調査しました。当時は、中間媒体として「紙テープ(8単位の穿孔式紙テープ)」を用いていました。



「占席情報処理」は、マークカードの配布と回集、占席位置の確認、データ入力、個別処理、統計処理、半期あるいは通年を通じた占席の図示など、一連の作業に付けた名称でした。座席移動の様子を図示するために、XYプロッター(移動ペン式印刷機)を用いていました。



エピソード:


コンピュータで座席位置を処理してみますと、たまに1つの席に2人の学生が座っているのが見つかります。大抵は、入力ミス(座標位置の勘違いによるミス、あるいはマークミス)でしたが、「座席指定車のダブル・ブッキング」みたいですね。該当者2人を呼び出し、皮肉たっぷりに質問して、修正させます。


ある時、女子学生と男子学生が、同じ座席をマークしていましたので、「なぜ、女子学生の膝の上に座って講義を聞くのか」なんて冗談を言いましたら、「僕は、絶対していません!」なんて真剣に申し開きしていました。ちょっと冗談がすぎたかなあ。


占席データを処理してみますと、いくつかのタイプが見つかりました。名付けて「達磨型」、「秀吉型」、「フーテンの寅さん型」の3つでした。これは、中心座席(一番頻度の高い座席位置)を求め、そこからの移動距離を算出して決めました。


「達磨型」は、石の上にも3年の謂れの通り、半年間あるいは1年間、いつも教室の中央で、一番前の列か二番目の列に座るのです。真面目で、出席率が高く、成績がよく(A評価)、確実に単位を取得できる学生たちでした。


「秀吉型」は、はじめは教室のあちこちの座席に座るのですが、やがて「定位置」を決め、そこに座るようになるのです。教室の前よりに座り、欠席が少なく、成績もまずまずで(B評価以上)で、平均的な学生でした。


「フーテンの寅さん型(以下、寅さん型)」は、一定の座席位置がなく、半年間あるいは1年間、教室のあちこちに座るのです。出席率もあまり高くなく、成績もC評価か、D評価(単位なし)でした。


「寅さん型」にも、3種類あって、「大寅」、「中寅」、「小寅」です。「大寅」は、定着する座席がありませんし、欠席も多く、真面目度が低く、単位はほとんど取れません(D評価)でしたので、次年度、受け直し組になりました。


次年度の占席データを見ますと、「大寅」が「小寅」になり、しかも教室の前の方に座るようになると、単位が取得できる可能性が高くなりました。でも、C評価でした。


こうした研究の結果は、ET(教育工学の研究会)などで発表しましたら、皆さん、「これは面白い」と言ってくれました。私たちの研究分野ではなかったのですが、教育社会学の分野の方からも、「面白い研究だ、ネーミングがまた面白い」と言ってくれました。


「達磨型の学生」、「秀吉型の学生」、「寅さん型の学生」、今どうしているかなあ。私は、ずっと気になっています。



公表文献:

教育情報処理、情報科学シリーズ6、パワー社、1985年10月。



 

下駄足切り関数

造語の説明:

大学の教員は、担当した科目の成績をどのように付けるか、一般には公にしません。

各自の独自性に基づいているのですね。しかし、私は「情報心理」の研究として、また「教育工学」の研究として、本務校の教員数人にお願いして、「成績のつけ方」を調べさせていただいたことがあります。

それは、次の図で説明しましょう。





一般に、科目担当教員は最終成績を出すために、日頃からいくつかの「成績を決める材料(素データ)」を、受講生毎にこつこつと集めておきます。例えば、出席を確認する出席カードの点数、レポート提出の点数、小テストの点数、中間試験の生の点数(素点とも、生点ともいう)、定期試験の生の点数などを、教務手帳に書いておきます。


これらのデータを基にして、教務課に出す最終成績(その科目の評価値)を決めますが、図の例では5種類のデータにしてあります。教員によっては、6種類も7種類も用いる場合があります。それを教員独自の成績評価関数(以下、評価関数と書きます)で算出するようです。


これは、本学のような理工科系の大学での理詰めの話ですが、一般には、もっと個性的な、もっと漠然とした「直観型」があるようです。


通常、よく用いられている方法に、「中間と定期の2回の試験(前期試験と後期試験)の平均値型」や、「定期試験(通年1回の試験)の一発型」などがあります。


私は、評価関数の形を、数人の教員のデータを調べて、推測してみました。結論から言いますと、出来の悪い学生には、俗に言う「下駄」を履かせていました。すなわち、一定の値を一律に加えるという嵩上げをするのです。


ところが、このように決めますと、出来のよい学生の成績は100点を超えてしまいます。そこで、出来すぎの学生の成績を、ややカットします。これが「足切り」というやり方です。「下駄を履かせる」+「足切りをする」の2つの操作で生まれたのが、この「下駄足切り関数」なのです。



造った理由:


確かに、評価をするのは難しいことです。たった1回の定期試験の成績で、1年間、あるいは半年間の授業の成績を決めて、何の疑問もでないでしょうか。受講生全体の成績の分布を見ると、どこで線を引くかが難しいのです。


同僚の教員たちは、ある種の論理的なやり方をしていると感じておりましたので、私はこうした「評価関数の同定」を試みたのです。



エピソード:


数人の教員のデータ(私のデータも入っています)を、大学内の教育情報処理の研究仲間の村田光弘さんにお願いして、分析してもらったのです。その理由は、私の主観が入らないようにするためでした。


驚いたことに、「下駄を履かせる」のですが、あまりにも中間試験や定期試験の生点(なまてん)が低いと、「下駄」も履かせないことが見つかりました。それを「堪忍袋の緒」と名付けました。100点満点で、試験の生点が20点以下の者には、堪忍袋の緒が切れていて、下駄も無用としていたようです。


成績の評価ですが、どの点数で「合格=単位ありと認定」と「不合格=単位なしと認定」を区切るのでしょうか。60点は、確かに大学の決まりですが、基となる成績の分布が問題です。2つの山(2こぶラクダ型=双峰性)なら、成績のよい山に属している学生を合格に、成績の悪い山に属している学生を不合格にするのは決めやすいのです。


しかし、以前から教育の理論では、50人程度のクラスでも「ガウス分布型=正規分布型」(1つの山=単峰性の分布)に近くなると言われてきました。ガウス型の分布では、どこで線を引くかが難しいのです。




公表文献:

教育情報処理、情報科学シリーズ6、パワー社、1985年10月。





 

心の中の数直線

造語の説明:

学校で行なう試験の採点は、100点満点で付けるのがごく普通であると思います。その数値を用いて、入学を許可したり、編入を許可したり、単位認定をしたり、科目の評価値にしたりします。


本務校では、単位認定の評価としては、0点から59点までをD評価(不可)とし、60点から69点までをC評価(可)とし、70点から79点までをB評価(良)とし、80点から100点までをA評価(優)としていました。他大学では、90点から100点までをS評価(スーパー優=秀)にする所もあります。


さて、60点で合格、59点で不合格ですから、59点と60点の間が、運命の境目となります。私は、よく59点、69点、79点、99点を付けました。理由(こだわり)があったのですが、学生はそれを聞きに来ませんでした。だから、私も説明しませんでした。ずっと、私の心の中に、そのこだわりがあり続けたのでした。


ある出来事で、私は自分の心の中のこだわりを説明することにしました。こだわりとは、「心の中の数直線」でした。特に「その目盛りの打ち方」でした。それを以下に示しましょう。






私の心の中の評価の数直線の目盛りは、等間隔ではないのです。0点と100点は、両端にありますが、59点と60点の間も、99点と100点の間も、すごく空いています。69点と70点の間も、79点と80点の間も、やや空いています。


0点から59点までの間隔も、60点から69点までの間隔も、また70点から79点までの間隔も、80点から99点までの間隔も、等間隔にしています。しかし、59点と60点の間、69点と70点の間、79点と80点の間は、かなり不等間隔です。


この不等間隔の目盛りの数値には、私なりの意味があります。59点は、「努力が足りません、来年度受け直しなさい」の意味です。99点は、「素晴らしくよい成績ですが、まだまだ完全とは言えません、もっともっと努力しなさい、期待しています」の意味です。


このことは、評価に関する主観的な世界(心の中の世界)のことで、正に「情報心理」そのものだと思っています。「心の中の数直線」を表示することは、今風に言えば、「評価の見える化=外化」でしょうね。こうしたことがきっかけで、成績評価関数としての「下駄足切り関数」という造語を生み出しました。




造った理由:

ある出来事とは、1点差で(59点で)、ある必修科目が不合格になった親子が、自宅に押しかけて来て、私が帰宅前だったので、家内が対応したそうです。「お上がりください」と家内が言う前に、ずかずかと上がりこんだそうです。親子が在宅中に私が帰宅して、対応しましたが、親子はしぶしぶ不合格を認めて帰ってくれました。


それ以後、私は「成績の件で、自宅まで押しかけて来たら、即刻0点とする」と掲示しました。成績の件での相談は、公的な場所すなわち教員個室や研究室で、データ(試験の出来具合、教務手帳の記載内容)を見せながら、じっくりとするのが当然でしょう。


この出来事がきっかけで、私は心の中の数直線を掲示しました。それによって等間隔でないことを、学生たちは知ってくれたようです。しかし、数直線は数学で習った通り、あくまでも等間隔であるべきだと思っていた学生が多くいました。数学はあくまでも数学の世界のことで、私は心理的な世界があることを言いたかったのです。これも、情報心理の世界なのです。



エピソード:


台湾から編入してきたある女子学生がいました。Sさんとしましょう。Sさんは、台湾で日本の短期大学に相当する専門学校を卒業し、本学の工学部の経営工学科の3年生に編入を希望したのでした。


取得していた科目、単位数などを記載した成績証明書を見て、本学のルールと照らし合わせ、受け入れの基準を満たすかどうか、審査しました。その結果、2年生に編入が決まりました。


驚いたのは、Sさんの履修してきた科目の成績証明書の記載でした。100点満点で付けられていたのですが、なんと小数点以下1桁まで評価されていました。例えば、体育は、78.3点というように。0.1点の差は、本当に意味があるのでしょうか。日本では、ここまで細かく評価しませんよね。国が変われば、評価の習慣も変わるでしょうか。


昨年、大学入試センター試験が話題になりました。1点差に教育的意味があるのかどうかです。


ここで紹介しましたのは、100点満点での評価法ですが、これを10点満点での評価法にしますと、評価者の心理が変わるのです。6点で合格とし、5点以下で不合格とするのは、自然と受け入れ易く感じるのです。「1点位まけて欲しい」と、言えるかどうかです。大学の成績評価も、10点満点で行なうことも一案だと思っています。


もちろん、そうなっても、私の心の数直線は、不等間隔でしょうね。学習者を評価するというのは、教員にとって悩ましいものなのです。




公表文献:

公表した文献は手元にありませんが、何かに紹介した覚えがあります。



 

プロトコル試験法

中締めのご挨拶の通り、ここから教育の造語に入ります。


造語の説明:

教育の場で用いられる試験の方法(試験法)には、ペーパー試験、口頭試問、面接試験、実技試験、模擬試験、グループ試験など、実にいろいろとあります。私が考えた「プロトコル試験法」というのは、ずいぶんと変わった「ペーパー試験の一方法」であると思っています。ご紹介しましょう。


通常のペーパー試験というのは、用紙に問題が書かれていて、その答を考え、用紙に考えた答を書かせるものですね。ところが、プロトコル試験法は、用紙に「問題とその答の両方」が印刷されてあるのです。こんな試験用紙を配ると、学生たちは「先生、この試験は何を書くのですか」と聞いてきます。


大体、試験というのは、記憶に依存した知識を問うものがきわめて多いと思います。それは、「理解していたら、記憶に留まる」という理論を根拠にしているからです。そうして試験をする側(出題者側)は、受験者の理解状態を調べるために、こうした記憶型の試験を行なうのです。


ところが、受験者は「暗記」という手を使って、さも理解したかのように振舞い、試験を潜り抜けるという作戦を取ります。受験者は、問題と答えの両方を丸暗記しておいて、用紙に憶えたことを丸書きするのです。

私の造語の「試験の3丸」を思い出してください。私は、こうした「試験の3丸」の対策として、次の2案を考え、実行してきました。


1つは記憶している知識と理解を切り離すことにし、「教科書やノートや参考書など、すべて参照可能」という条件で試験を行なってきました。いわゆる「持ち込み試験」です。理解力を見るこの試験の方法は成功しました。

参照可能ですから、丸暗記する必要は全くないのです。その代わり、理解をしておかないと、答えは書けません。そんな問題を出します。


もう1つは、必要な知識は試験の中にすべて盛り込み、理解力をしっかりと見ることにした方法で、試験用紙には「問題と答の両方を印刷」しておき、「,海量簑蝓癖検砲鬚匹里茲Δ鵬鮗瓩靴燭里、△覆爾修里茲Δ陛になるのか、Eがなぜ正しいのか、これら3つを解説せよ」というやり方を考え付きました。


質問の,蓮¬簑衒犬鬚茲読み、正しく解釈し、何が問われているのかを書かせるのが目的です。これで問題の解釈力や理解力が分かります。△蓮答えを出していく過程での論理や論理的思考を解説させるのが目的です。これで、答の解釈力や論理的思考力を見るのです。は、答が正しいことを説明させるのが目的です。試験の3丸主義者は、完全にお手上げでした。




造った理由:

「持ち込み試験」は、在職中、担当するほとんどの科目で行ないました。勉強せず、教科書や参考書などを持ち込めば、試験に合格すると考えていた学生は、これもまた完全に失敗しました。

出題者である私はこれで目的を達しました。そこで、私はもう1つ試験方法を開発したいと考えておりました。


思いついたのが、問題と答の両方を与え、理解のプロトコルを求める試験方法です。これに「プロトコル試験法」と名付けました。私のアイデアは成功しましたし、受験生の意表を突くことも確かでした。ただ問題作りが面倒で、かなり時間がかかったのです。


それで、このプロトコル試験法は、限定的に用いることにしました。対象は、教職課程で学ぶ学生にしました。将来、教壇に立つ学生に、理解を重視する試験の方法、理解の大切さ、理解を伝える難しさ、理解を伝える先生のプロトコルの重要性などを、しっかりと把握させる目的があったからです。


私は、このプロトコル試験法の前に、「プロトコール教授法」というのを提案したことがありますが、定義不十分で、今は研究中であります。




エピソード:


持ち込み試験の例から


持ち込み試験は、教科書、参考書、辞書、事典、高校時代の教科書、過去問、ノート、配布したプリント、先輩のノート、関数電卓など、幅広く許可しました。


そんな中、過去の試験の答案(返却したもの)のコピーがありました。点数を見ると、10点や20点が付いていました。

私はその学生に、「なんで、こんな出来の悪い答案のコピーを持ってきたんや?」と訊きましたら、「クラブの先輩がくれたんです、きっと役に立つと言ってくれたんです」と答えてくれました。

私は「次は、もっとまともな点数の答案のコピーを持って来るんだね」と言いましたら、「もういっぺん受けやなあかんのですか?」としょげていました。



プロトコル試験の例から


教職課程の学生に、プロトコル試験をしました。n個の実測値の算術平均値を求める方法を問題として出し、解答として3種類の計算方法(計算式の形で)を付けました。3種類の計算方法を解説させるプロトコルが狙いです。


1つ目は、n個の実測値をすべて足してから、nで割る方法です。2つ目は、実測値の1つ1つをまずnで割り、それを加え合わせる方法です。3つ目は、実測値の1つ1つから、一定値Cを引き、それをすべて加えてから、nで割り、最後にCを加える方法です。


3つの方法それぞれに特長(よさ)があるのですが、受験生は理解不足なのか、特長を解説し切れませんでした。算術平均値を求める方法は1つしかない(1つ目の方法)と思い込んでいたようです。


2つ目の方法は、実測値をnで割ることは、実測値に1/nを掛けることですから、1/nは重みを意味することになり、重み付けから期待確率への橋渡しになるのですが、気付いてくれる学生は皆無でした。

ただ1人、「この方法は民主的だ」と解説したプロトコルがありました。着眼点はよかったと思います。


3つ目の計算方法は、貨幣(1円玉)の直径を、マイクロ・スクリュウメーターで測らせ、その平均値や分散を求めさせる課題に関係するものでした。1円玉の直径は、貨幣規準で2cmが公称値です。

誤差はきわめて少ないので、一定値Cを2cmとすると、わずかな誤差だけを求めるとよいのです。これも実験と結び付けていれば、この方法のよさを感じるはずでした。


標準解答の公表から

小学校から高等学校まで、試験の答案用紙を返却してくれる先生がいましたが、教育指導上、望ましいことだと思い、大学でもやってみました。

しかし、答案用紙が手元にないと、「クレーム処理」や「他の学生との比較説明」ができませんので、私はある時期から、答案の返却を止めにしました。


中間試験や定期試験を行なったら、答案返却の代わりに、必ず「標準解答」を、教員個室の前の廊下に掲示することにしました。「模範解答」ではありません。あくまでも「標準解答」です。


せめてこの程度の解答を私は期待していますという意味を込めて、「標準解答」にしました。同時に、配点も掲示しました。そして、成績に疑問やクレームがあれば、できるだけ申し出るようにと指示しました。


本務校の大学の合否判定基準は、60点で合格、59点以下で不合格でした。1点の不足、2点の不足で不合格になった学生は、「先生、1点ぐらいまけてくれませんか」と言いに来ました。その学生との会話が、またまた楽しいのです。これは「心の中の数直線」の造語のところで紹介しましょう。



公表文献:

物理教育研究会:情報時代の先生のための学習法・教授法、1978年7月1日、
蠍饗神文社印刷、自費出版。

情報処理的問題解決法、(情報科学シリーズ10)、パワー社、1990年2月。



 

向塾のブログ「喜寿名(絆)」の中締めのご挨拶

2014年(平成26年)を迎えて、視座・視点・価値観を新たに意識し直して、ブログらしいブログにしたいと思って書き始めました。

テーマは、「私の造語」ですが、視座としては「造語者の立場=造語した人間の立場」で、視点としては「アイデア=思いつき=新奇性」で、価値観としては「話題性のあること、少しでも問題解決に活用してもらえること、思考に刺激を与えること」などです。


ブログの文章の項目ですが、テーマ、造語の説明、造った理由、エピソード、公表した文献の5つで表現しています。

もちろん、造語の中には、私の勝手な造語もあります。独りよがりの造語もあります。既存のものに類似した造語もあります。しかし、面白い、役に立つ、刺激を受けたなどの反応のある造語もあります。この反応が、私を後押ししてくれました。


毎週1回のペースで、「私の造語」を、今まで20回分を紹介してきました。

いくつか、振り返ってみましょう。私の頭には、常に「問題解決能力の育成」というテーマがどっかりと座っています。


PSOI(Problem Solving Oriented Information)というのを紹介しましたが、これは、問題解決に用いられる通常の情報で、文字情報(書類)もあれば、静止画などの情報(写真)もあれば、ビデオ情報(動画)もあれば、記号情報(プログラムや計算式や対照表など)もあります。これらは、常識の範囲内のものです。


このPSOIに比べて、メタヒント(Metahint)ですが、これは問題発見の作業や、問題分析そのものや、問題事態の把握と解析や、問題解決作業において、問題解決者(プロブレム・ソルバー)が難問に直面した時、有効に使っていただきたいと考えた「思考刺激情報」のつもりです。


思考を刺激すると言っても、じっとしていたら刺激を受けるというものではありません。システムを使えば、自動的に思考刺激を受けるというものでもありません。


自らが能動的にテーマや思考の対象を注視し、受容した情報を積極的に思考に取り入れ、ああでもない、こうでもないと、自分の意思で考え抜くために、役立てて欲しい情報のことです。メタヒントを用いた思考方法を、各自が発見的に把握していただきたいという期待があります。

メタヒントとして、CLS(Capital Letters Set)、漢字の頭字集、カタカナの頭字集を紹介しましたが、この他に、視座リスト、視点リスト、価値観リストなどもありますが、全部を紹介し切れません。

視座リストは、当時、漢字の視座が約6000個ほど、カタカナの視座が約2000個ほど集めました。


問題解決に利用できるいくつかのシステムも紹介しましたが、このブログでは、詳しいことは何も説明しておりません。

できましたら、公表している文献を見ていただきたいのです。

ただ、システムは、商品化しておりませんので、残念ながら残っておらず、体験していただくわけにはいきません。


これからのブログの約10回分は、またもや「大学教育に関わる造語」をご紹介したいと思っています。よろしくお願いいたします。


 
石桁正士(いしけた ただし)
大阪電気通信大学 名誉教授





 

ミスタースポック

造語の説明:

工学部の経営工学科の情報心理学研究室では、実に様々な分野のテーマに取り組みました。「ミスタースポック」というのは、道路に設置されている道路標識の最適配置を考えるコンピュータ・プログラムに付けた名称です。

これは、造語という程のものではありませんが、面白かったので印象に残っています。


大阪に交通科学研究会というのがあり、興味があったので参加しました。私が取り組んだテーマに、道路標識の最適配置の研究、高速道路のトンネル内の追突事故の解析、タコグラフの解析などがあります。


1975年(昭和50年)、卒研生の棚橋和隆君(卒業後、保険の事務の仕事しています)が、テーマのことで相談に来ました。彼は、写真とドライブに関心があり、そのことに関係の深いテーマで卒業研究をしたいと申し出てくれました。テーマの希望を自分から積極的に申し出てくれたのは、きわめて稀でした。もちろん、彼の申し出を受け入れました。


私は自分もマイカー・ドライバーであったので、道路の標識やサインに関心がありました。そこで、彼に「道路標識の設置状態」を調べ、改善案を考えるというテーマを提案しました。彼に、地元の岐阜県や大学の所在地の大阪府などをドライブして、道路標識の写真を撮って、写真を元に問題点を指摘したらどうかと助言しました。


彼は、自分の主観で改善点などの意見をいろいろと言ってくれました。私は、「主観的な君の意見だけでは、どうしても改善案は無視され易いので、客観化しよう」と指導しました。その結果、コンピュータで改善案を出すプログラムを作ることになりました。


そのプログラムの名称が「ミスタースポック」です。その後、数人の卒研生がこのプログラムを改良して、何とか実用にこぎつけました。



造った理由:

当時(昭和50年)のことですから、プログラミング言語はFORTRANで、大阪大学の大型計算機センターのマシーン(NECのNEAC2200のシリーズ)を使いました。大阪電気通信大学と大型計算機センターとは、専用回線で繋がり、TSS(タイム・シェアリング・システム)や、RB(リモート・バッチ)が、本学から利用可能でした。


このプログラムは、テーブル参照方式で、道路の形態と設置されている標識(規制標識、警戒標識、指示標識、補助標識など)を入力すると、最適な配置案を取り出してくる簡単なものにしました。


もちろん、道路は立体(3次元)なので、問題解決の常識として、まず2次元ずつにしました。1枚は道路を真上から見た場合の図(鳥瞰図)で、他の1枚は道路の断面を見た場合の図(断面図)に分けました。


当時の交通事故のデータから、交差点での事故が80%を占めていましたので、交差点に限定してプログラムを開発しました。道路を真上から見た鳥瞰図を用いて、道路の交差点の形で分類しました。それは「○○路」と呼ぶことにし、「○○路交差点」としました。


例えば、十字の交差点なら十字路交差点、変形した十字路なら変形十字路交差点、Y字路交差点(アルファベットの「Y」の形の交差点)、ト字路交差点(カタカナの「ト」の形の交差点)、T字路交差点(アルファベットの「T」の形の交差点)、5叉路交差点(5本の道路が交叉している所)、円形路交差点などに分類しました。


次に、道路標識が設置されている道路の地点を、鳥瞰図を基に位置(地点)をアルファベットで示すことにしました。それは「○○地点」と呼びました。例えば、十字路交差点では、交差点の手前はA地点とか、交差点の直後はB地点とか、左折した所はC地点とか、右折した所はD地点というように名付けました。


標識の設置の場所ですが、断面図を基に設置箇所を決めました。それは「○○箇所」と呼ぶことにしました。例えば、道路の真正面をZ箇所(通行止めの場合)、オーバーハングで道路の上の方をY箇所、中央分離帯がある場合はX箇所、安全地帯がある場合はW箇所、信号機のある所で、信号機のすぐの上下左右はV箇所、道路の左側や歩道はU箇所、一方通行では道路の右側もあるので、そこはT箇所、ブリッジや陸橋はS箇所などとしました。


道路交通法にある標識は、規制標識、警戒標識、指示標識、補助標識、案内標識の5つですが、すべて番号が付いていますので、その番号を用いて区別しました。ただ、案内標識だけは、このプログラムでは別扱いとしました。


大学のある寝屋川市内で、信号機のある十字路交差点に、指定方向外進入禁止、追い越し禁止、最高速度、大型貨物・乗用自動車通行止めの4つの規制標識がある所で、ミスタースポックを動かしました。結果は、標識は一箇所に固まらず、運転者から見やすく配置する案となりました。



エピソード:

このプログラムが出来て、その結果を大阪交通科学研究会で発表しました。主観的な考えではないことを主張するために、プログラムに「ミスタースポック」と名付けたのですが、これは当時人気番組の「スタートレック」の登場人物から拝借しました。


その人物は、いつも理性的で、客観的な意見を出す役でした。この名称を発表した時、研究会場で笑ってくれたのは、たった一人だけでした。スタートレックのファンは、まだまだ少なかったのですね。


この研究ではいくつかの新聞社が、取材に来てくれました。ほとんどの日刊紙は、研究の動機や成果の取材でした。その中でも、京都新聞社は、京都市内の三条あたりの道路の現場写真を持ち込み、「ミスタースポックはどんな答えを出すか、やって見せるように」要求されました。


もちろん、ミスタースポックは答えを出しました。すると、それが新聞の記事になりました。京都新聞の取材の熱心さがよく分かりました。この新聞の取材と記事、学生と喜び合いました。



公表文献:

コンピュータを用いた規制標識の最適配置の研究、交通科学、第7巻、
第1・2号合併号、1978年。

現代人間工学概論、10章2節にあります、オーム社、1980年1月。

実例で学ぶ情報処理、情報科学シリーズ2、第1編、交通安全のための情報処理、
にあります、パワー社、1982年3月。




 

コンテンツ・エバリュエータ(内容評価システム)

造語の説明:

コンテンツ・エバリュエータとは、自作したデジタル作品を、多くの人々に見てもらい、評価をしてもらう時、その評価値を時系列的に入力でき、即座に処理されて、その結果を表示できるシステムの一種であります。


現在では、素人やマニアの人がゲームやアニメや楽曲や映画など、自分のデジタル作品(デジタル・コンテンツと言います)を制作し、発表する機会が多くなってきています。また、仕事として、役目として、時には趣味として、他人の作品を楽しむ機会も増えてきています。ようやくデジタル・コンテンツに関わる人材の育成が必要になってきたのです。


こうした情況で、大阪電気通信大学では、2000年(平成12年)に総合情報学部を設置し、メディア情報文化学科(後のデジタルアート&アニメーション学科)を、2003年(平成15年)にデジタルゲーム学科を新設しました。当然のことながら学科として、コンテンツを評価する仕組みを考える必要に迫られました。


まず、作品であるデジタル・コンテンツをパソコンに取り込み、それを視聴しながら、入力用機器を操作しながら、コンテンツの良いと思うポイント、良くないと思うポイント、面白いと思うポイント、面白くないポイントで、自分の主観を基に評価した数値(主観値と言います)を、時系列的に入力し、即座に処理するためのシステムを考えたのが、「コンテンツ・エバリュエータ」であります。すなわち、このシステムは、評価者がデジタル・コンテンツを視聴しながら、時々刻々、評価値をシステムに伝える仕組みなのです。


入力用機器として、初めはマウスを用い、前後にのみ動かせるようにした箱を作り、その箱の中でマウスを前後にスライドさせるようにしました。マウスを動かした量で、評価値が入力できるように設計しましたが、評価者が動かしたストロークの大きさ(評価の値)が感覚的に把握できず、使いづらかったので、改良する必要に迫られました。


そこで、スライド式の音量調節器(ボリュウムの一種の摺動抵抗器)を用いて、入力装置を試作しましたが、これもまたストローク幅が小さ過ぎ、使いづらかったので、不採用としました。


そんな折、当時、卒研生の中谷陽仁君(現在、大阪商業大学のティーチング・アシスタント)の助言で、ゲーム用のジョイスティックを用いて入力すると、スムーズに主観値が入力できるようになりました。これは、前後の移動式のストロークではなく、前後に傾ける角度(アングル)で、評価値を入力する方式です。


このシステムは、幾多の試作と実験を経て、当時、大阪電気通信大学の大学院生であった長谷川知彦君(螢灰淵澡侈海魴个董現在、螢ぅ鵐拭璽優奪肇譽椒螢紂璽轡腑鷆侈魁砲完成してくれました。



造った理由:

造語した理由よりも、このようなシステムを造った理由があります。長年、私は工学部の経営工学科(1995年に情報工学科と改称)で教えて来ましたが、2000年に、総合情報学部のメディア情報文化学科というアート系の新学科に移籍しました。もちろん、研究室名は、「情報心理研究室」としていました。

私は、この学科の学生たちが作った作品(コンテンツ)を見て、評価しなければならない立場になりました。そこで、システムとして、「コンテンツ・エバリュエータ」の開発となった次第です。

コンテンツ・エバリュエータは、石桁研究室で開発した後に、学科のコンピュータ演習室のシステムに組み込まれ、ほぼ80台の端末で稼動することが出来るようになりました。その結果、コンテンツの評価に活用できるようになりました。



エピソード:

この研究では、ゲームの大手の螢灰淵澆亮卍垢両綏邨弊技瓩了抉腓鮗け、順調に開発が進められました。感謝の気持ちで一杯です。


このシステムを使って、当時、大学院研究生の浅羽修丈君(現在、北九州市立大学の準教授で学術博士)が、楽曲の主観的評価や、テレビCMの主観的評価などを行ない、面白い結果を得ています。また、彼は、今も教育工学の分野で、発展型の「ERICA」の研究・開発を継続しているようです。


さて、かなり以前に、「情報処理心理学」という本が出ました。その本の中で、著者(確か森本氏)は、テレビCMの作成について、放送前に一般人の印象を確かめてから、放送(オン・エヤー)する試みを紹介しておられたのを記憶しています。これも、主観的評価値に注目していた例であると思いました。


公表文献:マウスを用いた主観値入力装置の開発と試用、教育システム情報学会誌、
Vol.17、No.4、2001年。


数種の試作主観値入力装置の比較と主観値入力実験室の試用、教育システム
情報学会誌、Vol.19、No.3、2002年。


コンテンツ・エバリュエータの整備と主観による評価データの信頼性に関する
基礎研究、教育システム情報学会誌、Vol.21、No.1、2004年。


 

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講師のご紹介 【向塾】

大和 可也
(やまと かや)

1944年生まれ。高知県出身。
早稲田大学文学部卒。
教育プロデューサー。

大学卒業後1969年〜1987年 (株)学習研究社勤務。 独立後、メディアプロデューサーとして活躍。
その後、大学講座演出、プロデュースを手掛ける。

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相澤 将之
(あいざわ まさゆき)

1942年生まれ。東京都出身。
法政大学経営学部卒。
元東京リコー社長。

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石桁 正士
(いしけた ただし)

1936年生まれ。和歌山県出身。
和歌山大学学芸学部(現教育学部)卒業。(教育学士)
大阪市立大学大学院工学研究科修了。(工学博士)

京都大学、大阪大学を経て1970年に大阪電気通信大学助教授に就任。その後教授を経て2007年名誉教授となる。
やる気研究会の主宰や情報教育学研究会(IEC)の発起人として活躍し、現在大阪電気通信大学の客員研究員として教育の研究に従事。

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