スポンサーサイト

  • -
  • 2014.08.26 Tuesday

一定期間更新がないため広告を表示しています


私を磨いてくれたビジネス人生での5人のメンター

仕事に無我夢中のときは走馬風景見えずと言いますが、現役を退いてようやく周りの風景が見えるようになりました。特に感じる事は、人は決して一人では生きていけないという事です。今の自分の存在は、沢山の人に支えられてきたのだと・・・
私は昭和40年、創業者、市村清の掲げる三愛主義「人を愛し、国を愛し、勤めを愛す」という創業の精神に惹かれ、リコーに入社した。

当時、業界では「販売のリコー」が代名詞となった。野武士営業の国内販売に所属した。
そして国内販売のトップ浜田広(後4代目リコー社長)が標榜したフィロソフィー「お役立主義」に大きな感銘を受けた。

私のビジネス人生は、紆余曲折はあったが、曲がりながらも営業一本道で卒業できたのはラッキーだった。私は高度成長、リコーという会社、5人のメンター(良き指導者)そして、運に恵まれた最高の果報者です。特に私は5人のメンターが生み出してくれた試作品のようなもので、自分の努力なんか微々たるものだ。

さて、5人のうち最初に強烈なインパクトを受けたのが最初に配属された城西営業所所長の渡辺新平氏(後、リコー副社長)である。
渡辺氏は江戸っ子で歯切れがよく実践理論家で、改革派だった。

リコーの系列販売会社、第一号の埼玉リコーの創設者でもある。
営業出身だが、先鋭的理論をもち、むしろ、営業ハウツー論よりも、財務。経営感覚に優れ、販売のリコーに新しい風を吹かせた人でもある。

私が東京リコーの社長に就任したときの氏の第一声は「君、会社は赤字は罪悪、赤字とは血をたれ流して走っているようなものだ!!まず止血しろ!」だった。
経営イ・ロ・ハである。「経営とは、入・出・残の管理から始まる」。
後、国内販売の財務体質を一変させ、万磐の国内販売を築いた第一人者である。

次に、東都リコーの社長で陸士出身、英語、フランス語、スペイン語を流暢に話し、ジャンギャバン似の天見虎之助氏である。
口グセは「積極肯定、集中必勝」で販売会社は人が財産、全員参加の集合体である。
礼節、躾を重んじ、幹部の育成に力を入れた。

幹部教育のテキストは社長自らよく徹夜で作成し、指導にあたった。
特に印象に残るのは、君達は将来一流の管理者になれ!
そのためには、将来恥をかかないために、一流のホテル、旅館(旧岩崎邸の伊豆にある三養荘)で宿泊し、一流の料理を食べ、一流のもてなしを受け、ビジネスマンの基本、礼節、マナー、幹部の心得などの実践的指導を受けた。私はこの時、はじめてワインの飲み方を教わった。残念ながら50歳を超えて亡くなられた。

次にリコーの主力ディーラーを管理する母店担当部門の上司であった井上孝次氏である。
公私共にお世話になった方です。リコーのディーラー政策、仕組み、管理方法を構築した改革者です。後に国内のディーラー政策を海外に浸透させ、新しい海外本部を設置し、ゲステットナーを買収し、海外業績に大きく寄与した人です。
そして、リコーが国内ディーラーの改革のため、東京・神奈川・千葉の代売部門の主力ディーラーを統括するリコーオフィスシステムの初代社長の山口一成氏である。

TOPから新入社員に至るまで、一枚岩のマネジメントを展開し、現場主義に徹底した人だった。社内外からの人望も厚く、人の面倒見がよく、社会人ラグビーでリコーを度々、優勝に導いた当時の監督であり、我慢強く、ピンチにも常に冷静沈着で何事にも動じない意思力・人間力のある人です。

そして、私が最も身近で強いインパクトを受けた人が河路鎰夫氏(リコー役員)である。
長年国内販売の指揮・采配をとった人物です。

私がはじめてマネージャーに昇格し、初代千代田営業所長に就任したときだった。
若気の至りから、肩に力が入って、独断専行、チェックアンドプレッシャー型のマネジメントを展開した。
営業所の雰囲気は暗くなり、所員のモラルは一気に低下し、退職者が続出し、業績も大きく悪化した。にもかかわらず、叱責もせず、営業所にこまめに足を運んでくれてマネジメントとは、部下指導とは、チーム力とは、リーダーシップ、モチベーションとはについて現場密着で心温まる指導を受けた。

おかげ様で業績は短期間にV字回復することができた。もし、この方がいなければ、私はギスギスして、リコーを辞めていたかも?
人は神様になったら亡びる。チームの活力は個の爆発で生まれる等、教訓が多い。
この方々の共通している点は、仕事、業績本位を第一とし、率先垂範、攻めの姿勢でなおかつ理論家で人間力に優れた改革実践派でした。

とかく目先型、手練手管の上司は多いが、常に物の見方・考え方を導いてくれて、なおかつ生き字引きとなる最高のメンターでした。
皆さんも、是非、若いうちにメンター(良き指導者)を見つけなさい。


スポンサーサイト

  • -
  • 2014.08.26 Tuesday


講師のご紹介 【向塾】

大和 可也
(やまと かや)

1944年生まれ。高知県出身。
早稲田大学文学部卒。
教育プロデューサー。

大学卒業後1969年〜1987年 (株)学習研究社勤務。 独立後、メディアプロデューサーとして活躍。
その後、大学講座演出、プロデュースを手掛ける。

大和 可也の記事一覧を見る

相澤 将之
(あいざわ まさゆき)

1942年生まれ。東京都出身。
法政大学経営学部卒。
元東京リコー社長。

相澤 将之の記事一覧を見る

石桁 正士
(いしけた ただし)

1936年生まれ。和歌山県出身。
和歌山大学学芸学部(現教育学部)卒業。(教育学士)
大阪市立大学大学院工学研究科修了。(工学博士)

京都大学、大阪大学を経て1970年に大阪電気通信大学助教授に就任。その後教授を経て2007年名誉教授となる。
やる気研究会の主宰や情報教育学研究会(IEC)の発起人として活躍し、現在大阪電気通信大学の客員研究員として教育の研究に従事。

石桁 正士の記事一覧を見る

木村塾長 コラム

記事リスト【講師が語る。】

検索

リンク

sponsored links

ケータイで見る

qrcode