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  • 2014.08.26 Tuesday

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経営改革シリーズ 経営者に問われるのは、目先の業績達成か人間尊重の経営か

前回は、社長就任時の私の沢意と想いというタイトルでブログを発信しましたが、先日驚くべきニュースが飛び込んできたので、割り込ませて頂きました。

その記事内容は、あるコピー大手企業の出向、配転取り消しへ100人追い出し部屋問題という見出しの記事です。

社員を不本意な部署などに異動させ、退職を促す「追い出し部屋」問題で会社が希望退職に応じなかった約100人に対する出向・配転命令を取り消す方向を固めたというおそまつな結末である。

デスクワーク主体の仕事から肉体労働の必要な仕事などに異動させた社員を全員元の職場に戻すという内容の記事だった。そこで、何人かの仲間と、この問題についてディスカッションしたが、その中にある経営者の「人間尊重の経営」に自信という考え方を紹介したいと思います。


その方の経営する部品メーカーでは、数年前から受け入れている工場見学が74人を超えた、中国、韓国、米国、ドイなど外国からの大半。最近現地のコンサルティング会社のリピートが多い。

先方は、日本の大企業と中小企業の関係や品質管理を知りたいという。

工場見学では、「カイゼン」の実態を一通り見せる。

その後社員のやる気をいかに引き出すかをめぐり、体験した失敗と成功を赤裸々に語るのである。
そこでは、「人間尊重の経営」が会社発展のカギと強調している。

そもそも、リーマンショックの時、社員にどんな対応をしたか。経営者の真価が問われたのではないだろうか。弊社も売上高が大きく減り、私は動揺した。

そんな状態でも社員も不安を感じていると思い、前年並みの賞与を支払った。

全社員を集め、「俺は金を貸してもらえるよう、銀行に話しに行く。みんなは暇なこの時こそ、しっかりカイゼンを行おう」と呼びかけた。結果的に社員と信頼関係が築けたと思う。


危機を乗り切る上では、創業以来積み上げてきた、自己資本が重要だった。

それと同じく入社以来コツコツと積み上げた能力を持つ社員を切ったら競争力が落ちてしまう。

これが私の言う「人間尊重の経営」であると話すのだが、受け止め方はお国柄でそれぞれなのが、興味深い。新興国の人は、これを理解できず「社員を甘やかせると定着しない」という考え方が強い。一方先進国は「組織のヒントをもらった」と喜んで帰る人が多い。


製造業で中国や韓国の発展は著しい。ただ、先進国の人の反応を見ると日本的経営に日本人自身がもっと自信をもってよいのではと感じる。

でも、この記事の追い出し部屋の会社は、先進国の日本、しかも大手企業での問題です。同じ状況に直面しても、社長の決断によって答えが全く違ってしまう事も注目すべきである。

ある一人の経営者の決断の甘さがその会社のブランドを著しく傷つけてしまう。

経営者の決断、役割は大きい。その会社の生死を決めてしまう。




人間の魅力を磨く
人間の魅力とは(再び会いたくなる人)

季節の春夏秋冬は規則的に訪れるが、人間の心の春夏秋冬は不規則。
それは人がコントロールするもの

人生は自分栽培論の実践
体験を積むことによって体験から学び体験を活かす
全ての体験には意味がある。



下駄足切り関数

造語の説明:

大学の教員は、担当した科目の成績をどのように付けるか、一般には公にしません。

各自の独自性に基づいているのですね。しかし、私は「情報心理」の研究として、また「教育工学」の研究として、本務校の教員数人にお願いして、「成績のつけ方」を調べさせていただいたことがあります。

それは、次の図で説明しましょう。





一般に、科目担当教員は最終成績を出すために、日頃からいくつかの「成績を決める材料(素データ)」を、受講生毎にこつこつと集めておきます。例えば、出席を確認する出席カードの点数、レポート提出の点数、小テストの点数、中間試験の生の点数(素点とも、生点ともいう)、定期試験の生の点数などを、教務手帳に書いておきます。


これらのデータを基にして、教務課に出す最終成績(その科目の評価値)を決めますが、図の例では5種類のデータにしてあります。教員によっては、6種類も7種類も用いる場合があります。それを教員独自の成績評価関数(以下、評価関数と書きます)で算出するようです。


これは、本学のような理工科系の大学での理詰めの話ですが、一般には、もっと個性的な、もっと漠然とした「直観型」があるようです。


通常、よく用いられている方法に、「中間と定期の2回の試験(前期試験と後期試験)の平均値型」や、「定期試験(通年1回の試験)の一発型」などがあります。


私は、評価関数の形を、数人の教員のデータを調べて、推測してみました。結論から言いますと、出来の悪い学生には、俗に言う「下駄」を履かせていました。すなわち、一定の値を一律に加えるという嵩上げをするのです。


ところが、このように決めますと、出来のよい学生の成績は100点を超えてしまいます。そこで、出来すぎの学生の成績を、ややカットします。これが「足切り」というやり方です。「下駄を履かせる」+「足切りをする」の2つの操作で生まれたのが、この「下駄足切り関数」なのです。



造った理由:


確かに、評価をするのは難しいことです。たった1回の定期試験の成績で、1年間、あるいは半年間の授業の成績を決めて、何の疑問もでないでしょうか。受講生全体の成績の分布を見ると、どこで線を引くかが難しいのです。


同僚の教員たちは、ある種の論理的なやり方をしていると感じておりましたので、私はこうした「評価関数の同定」を試みたのです。



エピソード:


数人の教員のデータ(私のデータも入っています)を、大学内の教育情報処理の研究仲間の村田光弘さんにお願いして、分析してもらったのです。その理由は、私の主観が入らないようにするためでした。


驚いたことに、「下駄を履かせる」のですが、あまりにも中間試験や定期試験の生点(なまてん)が低いと、「下駄」も履かせないことが見つかりました。それを「堪忍袋の緒」と名付けました。100点満点で、試験の生点が20点以下の者には、堪忍袋の緒が切れていて、下駄も無用としていたようです。


成績の評価ですが、どの点数で「合格=単位ありと認定」と「不合格=単位なしと認定」を区切るのでしょうか。60点は、確かに大学の決まりですが、基となる成績の分布が問題です。2つの山(2こぶラクダ型=双峰性)なら、成績のよい山に属している学生を合格に、成績の悪い山に属している学生を不合格にするのは決めやすいのです。


しかし、以前から教育の理論では、50人程度のクラスでも「ガウス分布型=正規分布型」(1つの山=単峰性の分布)に近くなると言われてきました。ガウス型の分布では、どこで線を引くかが難しいのです。




公表文献:

教育情報処理、情報科学シリーズ6、パワー社、1985年10月。





 

心の中の数直線

造語の説明:

学校で行なう試験の採点は、100点満点で付けるのがごく普通であると思います。その数値を用いて、入学を許可したり、編入を許可したり、単位認定をしたり、科目の評価値にしたりします。


本務校では、単位認定の評価としては、0点から59点までをD評価(不可)とし、60点から69点までをC評価(可)とし、70点から79点までをB評価(良)とし、80点から100点までをA評価(優)としていました。他大学では、90点から100点までをS評価(スーパー優=秀)にする所もあります。


さて、60点で合格、59点で不合格ですから、59点と60点の間が、運命の境目となります。私は、よく59点、69点、79点、99点を付けました。理由(こだわり)があったのですが、学生はそれを聞きに来ませんでした。だから、私も説明しませんでした。ずっと、私の心の中に、そのこだわりがあり続けたのでした。


ある出来事で、私は自分の心の中のこだわりを説明することにしました。こだわりとは、「心の中の数直線」でした。特に「その目盛りの打ち方」でした。それを以下に示しましょう。






私の心の中の評価の数直線の目盛りは、等間隔ではないのです。0点と100点は、両端にありますが、59点と60点の間も、99点と100点の間も、すごく空いています。69点と70点の間も、79点と80点の間も、やや空いています。


0点から59点までの間隔も、60点から69点までの間隔も、また70点から79点までの間隔も、80点から99点までの間隔も、等間隔にしています。しかし、59点と60点の間、69点と70点の間、79点と80点の間は、かなり不等間隔です。


この不等間隔の目盛りの数値には、私なりの意味があります。59点は、「努力が足りません、来年度受け直しなさい」の意味です。99点は、「素晴らしくよい成績ですが、まだまだ完全とは言えません、もっともっと努力しなさい、期待しています」の意味です。


このことは、評価に関する主観的な世界(心の中の世界)のことで、正に「情報心理」そのものだと思っています。「心の中の数直線」を表示することは、今風に言えば、「評価の見える化=外化」でしょうね。こうしたことがきっかけで、成績評価関数としての「下駄足切り関数」という造語を生み出しました。




造った理由:

ある出来事とは、1点差で(59点で)、ある必修科目が不合格になった親子が、自宅に押しかけて来て、私が帰宅前だったので、家内が対応したそうです。「お上がりください」と家内が言う前に、ずかずかと上がりこんだそうです。親子が在宅中に私が帰宅して、対応しましたが、親子はしぶしぶ不合格を認めて帰ってくれました。


それ以後、私は「成績の件で、自宅まで押しかけて来たら、即刻0点とする」と掲示しました。成績の件での相談は、公的な場所すなわち教員個室や研究室で、データ(試験の出来具合、教務手帳の記載内容)を見せながら、じっくりとするのが当然でしょう。


この出来事がきっかけで、私は心の中の数直線を掲示しました。それによって等間隔でないことを、学生たちは知ってくれたようです。しかし、数直線は数学で習った通り、あくまでも等間隔であるべきだと思っていた学生が多くいました。数学はあくまでも数学の世界のことで、私は心理的な世界があることを言いたかったのです。これも、情報心理の世界なのです。



エピソード:


台湾から編入してきたある女子学生がいました。Sさんとしましょう。Sさんは、台湾で日本の短期大学に相当する専門学校を卒業し、本学の工学部の経営工学科の3年生に編入を希望したのでした。


取得していた科目、単位数などを記載した成績証明書を見て、本学のルールと照らし合わせ、受け入れの基準を満たすかどうか、審査しました。その結果、2年生に編入が決まりました。


驚いたのは、Sさんの履修してきた科目の成績証明書の記載でした。100点満点で付けられていたのですが、なんと小数点以下1桁まで評価されていました。例えば、体育は、78.3点というように。0.1点の差は、本当に意味があるのでしょうか。日本では、ここまで細かく評価しませんよね。国が変われば、評価の習慣も変わるでしょうか。


昨年、大学入試センター試験が話題になりました。1点差に教育的意味があるのかどうかです。


ここで紹介しましたのは、100点満点での評価法ですが、これを10点満点での評価法にしますと、評価者の心理が変わるのです。6点で合格とし、5点以下で不合格とするのは、自然と受け入れ易く感じるのです。「1点位まけて欲しい」と、言えるかどうかです。大学の成績評価も、10点満点で行なうことも一案だと思っています。


もちろん、そうなっても、私の心の数直線は、不等間隔でしょうね。学習者を評価するというのは、教員にとって悩ましいものなのです。




公表文献:

公表した文献は手元にありませんが、何かに紹介した覚えがあります。



 

経営改革シリーズ 社長としての決意、想いを発信

今、なお、経営者の不祥事が、頻繁に起こっていますが、言い過ぎかもしれませんが、多分最近の若い経営者は、何不自由なく恵まれた環境に育ち、なおかつ、タタキ上げの経営者と違って学力優秀だが、苦労知らずの人が多く、経営者に求められる基本的な資質や人間力が欠如しているのではないだろうか?


僭越ですが、私は社長就任時に自分に対し、次の様な決意をしました。

私の社長論は、「釣り」の言葉にあるように、「船釣は、船頭を釣れ」にこだわっています。会社を釣り船に例えたら、社長はまさに船頭である。


船釣りは船頭次第です。釣果だけでなく、釣人(社員)のモチベーションに大きく影響します。この事を肝に命じて、3つのこだわりを決意しました。


1)    新任経営者は、前任者の悪口、否定はタブー。
新任経営者は、肩に力が入ってしまうのか、前任者を仮想敵にして、なりふりかまわず、前任者の悪口や過去の仕事ぶりを否定してしまう。最もレベルが低い。

2)    経営者の姿勢は、「知行合一の精神」に徹すること。
経営者やリーダーが求められる、基本的な資質の1つが「知行合一」、すなわち言っている事とやっていることが違わない事、これが社長にとって社員から最も信頼を失う行動である。最近やり玉にあがっている、兵庫県の県議員のようになっていないか?

3)    人間力を養い磨くこと
世の中、会社ももちろん軸は人間である。したがって、経営者と社員は対立的な立場にあるのではなく、あくまで社員は事業の協力者である。その社員を束ね、一定の方向に向けて結果の最大化を図ることが、経営者の使命である。
そこで経営者の人間力とは、相手の痛みがわかる人間であるべきである。

社長として、決意した。この様なこだわりをもって全社員に次の様な社長メッセージを送った。

 
−東京リコーの経営上の課題についてのお願い―

まず、社員の皆さんが各々の持ち場において全力を尽くして頂いていることにお礼申し上げます。

さて、今回の私からの問題の投げ方ですが、先般の就任挨拶の文章にも記載しましたが、今東京リコーを取り巻いている環境、かつ東京リコーの強み弱みを充分に認識した上で、更なる東京リコーの発展の為には、何が課題かを志ある社員すべてより、提言頂きたいと考えます。

戦いの前線で活躍されている、皆さんは、市場が顧客が商品が営業が、そして、コンパチターが大きく変っているということは、肌身で体感されているはずです。


この様な環境下において、皆さんの目から見た東京リコーの経営課題は何で、その為には、どのような施策を講じるべきかをフレッシュな感性で積極的に提言して下さい。

特に部長以上は、提出を必須と致します。

世の中の変化、進歩の中で、現状維持の状態では、東京リコーが21世紀に生き残ることは、極めて困難であると、言わざるを得ません。


経営のシステム、販売の仕組み、方法、収益の拡大、人材育成など、提言頂きたい。

テーマは無限にあります。頂いた提言は、中計の施策に合わせて、改革テーマとして取組みたいと思います。

今、東京リコーが置かれている状況をみると、瞬時でも変革のスピードから遅れる事は許されません。20世紀の負の遺産を一掃し、21世紀の勝利者を共に目指そうではありませんか。


プロトコル試験法

中締めのご挨拶の通り、ここから教育の造語に入ります。


造語の説明:

教育の場で用いられる試験の方法(試験法)には、ペーパー試験、口頭試問、面接試験、実技試験、模擬試験、グループ試験など、実にいろいろとあります。私が考えた「プロトコル試験法」というのは、ずいぶんと変わった「ペーパー試験の一方法」であると思っています。ご紹介しましょう。


通常のペーパー試験というのは、用紙に問題が書かれていて、その答を考え、用紙に考えた答を書かせるものですね。ところが、プロトコル試験法は、用紙に「問題とその答の両方」が印刷されてあるのです。こんな試験用紙を配ると、学生たちは「先生、この試験は何を書くのですか」と聞いてきます。


大体、試験というのは、記憶に依存した知識を問うものがきわめて多いと思います。それは、「理解していたら、記憶に留まる」という理論を根拠にしているからです。そうして試験をする側(出題者側)は、受験者の理解状態を調べるために、こうした記憶型の試験を行なうのです。


ところが、受験者は「暗記」という手を使って、さも理解したかのように振舞い、試験を潜り抜けるという作戦を取ります。受験者は、問題と答えの両方を丸暗記しておいて、用紙に憶えたことを丸書きするのです。

私の造語の「試験の3丸」を思い出してください。私は、こうした「試験の3丸」の対策として、次の2案を考え、実行してきました。


1つは記憶している知識と理解を切り離すことにし、「教科書やノートや参考書など、すべて参照可能」という条件で試験を行なってきました。いわゆる「持ち込み試験」です。理解力を見るこの試験の方法は成功しました。

参照可能ですから、丸暗記する必要は全くないのです。その代わり、理解をしておかないと、答えは書けません。そんな問題を出します。


もう1つは、必要な知識は試験の中にすべて盛り込み、理解力をしっかりと見ることにした方法で、試験用紙には「問題と答の両方を印刷」しておき、「,海量簑蝓癖検砲鬚匹里茲Δ鵬鮗瓩靴燭里、△覆爾修里茲Δ陛になるのか、Eがなぜ正しいのか、これら3つを解説せよ」というやり方を考え付きました。


質問の,蓮¬簑衒犬鬚茲読み、正しく解釈し、何が問われているのかを書かせるのが目的です。これで問題の解釈力や理解力が分かります。△蓮答えを出していく過程での論理や論理的思考を解説させるのが目的です。これで、答の解釈力や論理的思考力を見るのです。は、答が正しいことを説明させるのが目的です。試験の3丸主義者は、完全にお手上げでした。




造った理由:

「持ち込み試験」は、在職中、担当するほとんどの科目で行ないました。勉強せず、教科書や参考書などを持ち込めば、試験に合格すると考えていた学生は、これもまた完全に失敗しました。

出題者である私はこれで目的を達しました。そこで、私はもう1つ試験方法を開発したいと考えておりました。


思いついたのが、問題と答の両方を与え、理解のプロトコルを求める試験方法です。これに「プロトコル試験法」と名付けました。私のアイデアは成功しましたし、受験生の意表を突くことも確かでした。ただ問題作りが面倒で、かなり時間がかかったのです。


それで、このプロトコル試験法は、限定的に用いることにしました。対象は、教職課程で学ぶ学生にしました。将来、教壇に立つ学生に、理解を重視する試験の方法、理解の大切さ、理解を伝える難しさ、理解を伝える先生のプロトコルの重要性などを、しっかりと把握させる目的があったからです。


私は、このプロトコル試験法の前に、「プロトコール教授法」というのを提案したことがありますが、定義不十分で、今は研究中であります。




エピソード:


持ち込み試験の例から


持ち込み試験は、教科書、参考書、辞書、事典、高校時代の教科書、過去問、ノート、配布したプリント、先輩のノート、関数電卓など、幅広く許可しました。


そんな中、過去の試験の答案(返却したもの)のコピーがありました。点数を見ると、10点や20点が付いていました。

私はその学生に、「なんで、こんな出来の悪い答案のコピーを持ってきたんや?」と訊きましたら、「クラブの先輩がくれたんです、きっと役に立つと言ってくれたんです」と答えてくれました。

私は「次は、もっとまともな点数の答案のコピーを持って来るんだね」と言いましたら、「もういっぺん受けやなあかんのですか?」としょげていました。



プロトコル試験の例から


教職課程の学生に、プロトコル試験をしました。n個の実測値の算術平均値を求める方法を問題として出し、解答として3種類の計算方法(計算式の形で)を付けました。3種類の計算方法を解説させるプロトコルが狙いです。


1つ目は、n個の実測値をすべて足してから、nで割る方法です。2つ目は、実測値の1つ1つをまずnで割り、それを加え合わせる方法です。3つ目は、実測値の1つ1つから、一定値Cを引き、それをすべて加えてから、nで割り、最後にCを加える方法です。


3つの方法それぞれに特長(よさ)があるのですが、受験生は理解不足なのか、特長を解説し切れませんでした。算術平均値を求める方法は1つしかない(1つ目の方法)と思い込んでいたようです。


2つ目の方法は、実測値をnで割ることは、実測値に1/nを掛けることですから、1/nは重みを意味することになり、重み付けから期待確率への橋渡しになるのですが、気付いてくれる学生は皆無でした。

ただ1人、「この方法は民主的だ」と解説したプロトコルがありました。着眼点はよかったと思います。


3つ目の計算方法は、貨幣(1円玉)の直径を、マイクロ・スクリュウメーターで測らせ、その平均値や分散を求めさせる課題に関係するものでした。1円玉の直径は、貨幣規準で2cmが公称値です。

誤差はきわめて少ないので、一定値Cを2cmとすると、わずかな誤差だけを求めるとよいのです。これも実験と結び付けていれば、この方法のよさを感じるはずでした。


標準解答の公表から

小学校から高等学校まで、試験の答案用紙を返却してくれる先生がいましたが、教育指導上、望ましいことだと思い、大学でもやってみました。

しかし、答案用紙が手元にないと、「クレーム処理」や「他の学生との比較説明」ができませんので、私はある時期から、答案の返却を止めにしました。


中間試験や定期試験を行なったら、答案返却の代わりに、必ず「標準解答」を、教員個室の前の廊下に掲示することにしました。「模範解答」ではありません。あくまでも「標準解答」です。


せめてこの程度の解答を私は期待していますという意味を込めて、「標準解答」にしました。同時に、配点も掲示しました。そして、成績に疑問やクレームがあれば、できるだけ申し出るようにと指示しました。


本務校の大学の合否判定基準は、60点で合格、59点以下で不合格でした。1点の不足、2点の不足で不合格になった学生は、「先生、1点ぐらいまけてくれませんか」と言いに来ました。その学生との会話が、またまた楽しいのです。これは「心の中の数直線」の造語のところで紹介しましょう。



公表文献:

物理教育研究会:情報時代の先生のための学習法・教授法、1978年7月1日、
蠍饗神文社印刷、自費出版。

情報処理的問題解決法、(情報科学シリーズ10)、パワー社、1990年2月。



 

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講師のご紹介 【向塾】

大和 可也
(やまと かや)

1944年生まれ。高知県出身。
早稲田大学文学部卒。
教育プロデューサー。

大学卒業後1969年〜1987年 (株)学習研究社勤務。 独立後、メディアプロデューサーとして活躍。
その後、大学講座演出、プロデュースを手掛ける。

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相澤 将之
(あいざわ まさゆき)

1942年生まれ。東京都出身。
法政大学経営学部卒。
元東京リコー社長。

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石桁 正士
(いしけた ただし)

1936年生まれ。和歌山県出身。
和歌山大学学芸学部(現教育学部)卒業。(教育学士)
大阪市立大学大学院工学研究科修了。(工学博士)

京都大学、大阪大学を経て1970年に大阪電気通信大学助教授に就任。その後教授を経て2007年名誉教授となる。
やる気研究会の主宰や情報教育学研究会(IEC)の発起人として活躍し、現在大阪電気通信大学の客員研究員として教育の研究に従事。

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